アフリカホームステイ体験談:初海外一人旅の高校生レオさん①

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こんにちは。山田です。

本日から数回にわたり、アフリカホームステイをご利用いただいた方のセネガル体験談を掲載いたします。

 

今回体験談をお記しいただいたのは、東海地方にお住まいの高校生のレオさんです。

なんとレオさん、今回のセネガルでのホームステイが「海外初一人旅」でした。

レオさんはなぜセネガルに来たのか、どうしてアフリカに興味を持ったのか。

ぜひご覧ください。

 

 

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セネガルと自分1 アフリカに興味を持つまで

 

IMG_0805.JPG

 

 

 

 

突然、1年間の車椅子生活を余儀なくされた。

 

 

 

 

それは中学校2年生4月、13歳の時。

野球部に所属していた自分は腰の怪我をしてしまったのだ。

 

怪我以前から野球を強制してやらさせられている空気には嫌気がさしており、将来の事を考える中でも「今後どのように動いていこうか」と途方に暮れ学校生活がとても苦しかった。

そんな時に怪我をして歩行不可能になり、自分の感じる孤独感は吐き気がするほどだった。

 

車椅子に乗っているとどうしても自分では不可能な事が出てくる。

自分の場合は例えば段差を越えること、砂利道を進む、物を落とした時、転倒した時などであった。

 

そのような困った時に自分は決して善意からの助けを感じることはなかった。

車椅子で坂を上るのはとても大変で時間がかかるが、周囲を通る人々は振り返り自分を見ることはしたが押してはくれなかった。

また、道路の溝に車椅子の車輪がはまり、転倒しても起こしてくれることはなかった。

 

電車に乗る時でも、一斉に目線を感じる。それらも自分には冷たく痛く感じられた。

小さな子供が、

 

「なんであの人車椅子に乗ってるの~?」

 

と母親に言っていた事もある。

そして母親は慌てて人差し指を口に持っていき子供を連れ違う列車に動いた。

当時の自分にはその状況がとても寂しく感じられた。

 

同時に、自分もいままで同じ事をしていたと気付いた。

どこまで困っている人に弱者とされる人に献身的に動いていただろうか。

 

怪我をする以前、自分は弱者に対して考えることもしていなかった。ただただ活発的な子供だった。

電車で車椅子に乗っている人がいれば、見てはいけないと瞬時に思い目を背けていた。

困っている人が街中にいても話しかけるの恐れ素通りしていた。

自分は見て見ぬふりをしていた。

 

ある偉人の言葉に”見て見ぬふりをするのは同罪だ”というものがあり、それを当時初めて知った。

自分はその言葉に物凄い刺激と感動を持った。

 

物理的に視線が低くなった分、路上に落ちているゴミに対して目がいくようになる。

人々はきれいな街並みを好むのに、一つのゴミを見て見ぬふりをしていたのだ。自分は物を拾い上げるのは大変だったがするようになっていった。

 

自分自身が見て見ぬふりをされる事により、それが何たるかを少しずつ考えるようになっていった。

弱者に対しての自分の無関心を否定することはできなかった。

 

それで自分は少しずつ周囲に目を向け始め、大きく”人”に対しての興味が増していき、貧困・紛争という一貫したイメージが強かった”アフリカ”に対しても興味を持ち始めた。

 

 

(つづく)

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いかがでしたでしょうか?

ご自身の体験を元に、アフリカに興味を抱かれたレオさん。

 

次回「1年間、50人に断られ続けて、ついにつかんだアフリカ行きの切符」

乞うご期待ください。

 

いつもありがとうございます。参考になりましたらシェアお願いします。

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